春の新潟は、まだ肌寒い風の中にも柔らかな陽光が差し込む季節だ。田中誠一が久しぶりに帰省した日、リビングには高校2年生になった娘、美咲が参考書を広げていた。その横顔は真剣そのもので、彼女が幼い頃からは想像もつかない大人びた雰囲気があった。
「何を勉強してるんだ?」誠一が声をかけると、美咲は顔を上げてにっこり笑った。
「プログラミングの勉強。学校の課題と、将来のために少しだけ。」
「プログラミング?」意外そうな誠一の反応に、美咲は小さくうなずいた。
「お父さん、ITの仕事してるでしょ?昔からちょっと興味があったの。でも本格的にやりたいって思ったのは最近かな。」
食卓を囲んで、美咲は自分の夢を語った。誠一が東京のIT企業で働いていることがずっと気になっていたという。自分もエンジニアになり、世の中を変えるような仕事をしてみたい。そんな想いを初めて父親に伝えたのだ。
「すごいな、美咲。もうそんなことを考えてるんだな。」誠一は少し感慨深げに言った。
「まだ何も分からないけどね。でも、この前、学校の授業で簡単なアプリを作ったら、それがすごく楽しくて。」
「どんなアプリだったんだ?」
「簡単なクイズアプリ。自分で作ったものが動くのが、なんか魔法みたいで…。」
その言葉に、誠一は自分が若かった頃のことを思い出した。大学で初めてプログラムを書き、それが動いた瞬間の感動。娘も同じ体験をしていることに、誠一は不思議な縁を感じた。
翌日、誠一は近くの家電量販店で、美咲のために新しいノートパソコンを買った。リビングに戻ると、箱を開けるのを手伝いながら、美咲は目を輝かせた。
「お父さん、本当にいいの?」
「ああ。未来への投資だ。それに、お前が本気で頑張るなら、俺だって応援したい。」
「ありがとう!」
美咲は嬉しそうに新しいパソコンを触りながら、すぐに開発ツールをインストールし始めた。その熱心な姿を見て、誠一は頼もしくもあり、少しだけ寂しさも覚えた。娘が自分の道を見つけ、父親の手から離れていくのを感じたからだ。
夜になり、美咲が勉強を続けている横で、誠一はコーヒーを片手に見守っていた。ふと美咲が顔を上げて言った。
「ねえ、お父さん。エンジニアって、どんな人が向いてると思う?」
「そうだな…。自分で問題を見つけて、それを解決するのが楽しいと思える人かな。あと、失敗してもへこたれないこと。プログラムなんて、最初はエラーだらけだからな。」
「エラーだらけ…。確かに、最初のクイズアプリでもエラーでいっぱいだった。」
「それでいいんだよ。エラーは成長の種だ。それを乗り越えた分だけ、自分が強くなる。」
美咲は少し考え込むような顔をしてから、笑みを浮かべた。
「じゃあ、私もその種をいっぱい見つけてみるね。」
誠一は娘の成長を改めて実感した。自分が家族のために働き続けてきた日々が、こうして美咲の未来につながっているのだと思うと、胸が熱くなる。
その夜、妻が誠一にそっと言った。
「美咲がこんなに自分の夢を語れるのも、あなたの背中を見て育ったからだと思うよ。」
「そうかもしれないな。でも、俺が教えられることなんてもう少ない。これからは美咲自身が道を切り拓いていくんだろう。」
誠一は遠く東京の空を見上げた。娘の未来はこれから広がっていく。その一歩を支えられることが、父親としての最大の喜びだと感じていた。
美咲が新しい一手を指す時、その道にはきっと数えきれないほどのエラーが待っている。それでも、彼女なら乗り越えられる。誠一はそう確信していた。
コメント