秋も深まり、新潟の田中家では少し冷たい風が窓を叩く季節となった。東京から久しぶりに帰省した田中誠一は、帰宅するなり家の中に漂う賑やかな笑い声に驚いた。リビングを覗くと、妻と数人の女性がテーブルを囲み、手にカップを持ちながら話に花を咲かせている。
「誠一さん、お帰りなさい。」妻が気づき、笑顔で声をかける。
「おぉ、ただいま。今日は賑やかだな。」
「高校の時の友達が遊びに来てくれてね。久しぶりに集まったの。」
友人たちも「お邪魔してます」と笑顔で挨拶する。その和やかな雰囲気に誠一もつられて微笑みながら、荷物を置いて2階に上がった。
夕方になり、友人たちが帰ったあと、妻はキッチンで片付けをしながらつぶやいた。
「楽しかったけど、みんな頑張ってる話を聞くと、ちょっと焦るわね。」
「どうしてだ?」誠一がコーヒーを淹れながら尋ねると、妻は少し考え込んだ。
「みんな仕事も家事も上手にこなして、趣味も充実させてるの。私は…なんだかそれに比べて、自分がどう見えるのか分からなくなる時があるのよね。」
誠一はその言葉に驚きつつも、妻の心の中にそんな思いがあることに気づかなかった自分を少し反省した。
「でもさ、友達付き合いを続けてるってだけですごいことだと思うよ。」
「え?」
「俺が東京に行ってる間、お前が家を守ってくれてるだけで十分助かってる。それに、友達と話すことで元気をもらえるなら、それがどれだけ大事なことか分かるか?」
妻は少し驚いた表情をしたが、すぐに柔らかく笑った。
「あなたにそんなこと言われるとは思わなかった。」
「俺は仕事で忙しくても、東京で時々思うんだ。誰かに助けられたり、話を聞いてもらえる時間が、どれだけ大切かって。お前が友達とつながってることで、家が明るくなるんだから、それはお前の立派な仕事だと思う。」
その夜、誠一はリビングで静かにテレビを見ていたが、妻が隣に座り、ぽつりと言った。
「ねえ、ありがとう。そんなふうに言ってくれるの、久しぶりだわ。」
「別に特別なことじゃないよ。でも、俺はお前に感謝してる。それをちゃんと伝えてなかったなと思って。」
妻は誠一の手を軽く握り、少しだけ照れくさそうに笑った。
翌日、妻が朝から手紙を書いているのを見て、誠一が尋ねた。
「何を書いてるんだ?」
「昨日の友達に手紙を書いてるの。いつも会ってくれてありがとうって。あなたに言われて気づいたの。友達がいることにどれだけ救われてるか。」
誠一はその様子を見ながら心が温かくなるのを感じた。自分が感謝を伝えたことで、妻がまたその感謝を友人たちに伝えようとしている。そんな優しい連鎖が、日々の暮らしを豊かにしていることに気づいた。
その夜、家族全員で夕食を囲みながら、誠一はぽつりと言った。
「人とつながることって、本当に大事だよな。お前も、友達との時間を大事にしてくれ。」
妻は笑顔で頷いた。亮太と美咲も、その言葉を聞きながら、不思議と温かな気持ちになった。
友達付き合い。それは日々の忙しさに埋もれがちな小さな時間かもしれない。でも、それが家族の絆を支え、日々の暮らしを明るくしてくれるのだと、誠一は改めて感じていた。
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