理系女子の悩み

田中家

秋の終わり、新潟の空気が少しずつ冬の気配を帯び始めた頃、田中美咲は珍しく部屋に閉じこもっていた。高校3年生になった彼女は、進路選択もあり、勉強に励む毎日を送っていたが、この日は机に向かわず、布団にくるまってスマートフォンをいじっていた。

東京から帰省した誠一は、そんな娘の様子に気づき、リビングでコーヒーを飲みながらぽつりと言った。

「美咲、最近元気ないな。何かあったのか?」

「別に、何もないよ。」美咲は素っ気なく答えたが、その表情にはどこか悩みが浮かんでいた。

誠一はそれ以上追及せず、そっと様子を見ることにした。しかし、妻から事情を聞き、彼は娘が抱える悩みに向き合うことを決めた。


翌日、誠一は美咲を近くの喫茶店に誘った。二人きりで出かけるのは久しぶりだった。

「たまには息抜きしないとな。俺も東京で疲れたし、お前もリフレッシュが必要だろう。」

ココアを注文し、少しずつリラックスしてきた美咲に、誠一はさりげなく話を切り出した。

「お前、最近何か悩んでるんじゃないか?」

美咲は一瞬驚いたような顔をしたが、やがて小さくうなずいた。

「うん…。最近、学校でのグループワークがあってね。でも、うまくみんなと話せないの。」

「話せないって?」

「私がプログラムのこととか説明すると、『難しい』とか『なんか理屈っぽいね』って言われるの。結局、みんなにどう伝えたらいいかわからなくなって…。私、理系向きなのに、人とのコミュニケーションが苦手なのかな。」


誠一はしばらく考え込み、静かに口を開いた。

「美咲、お前が人に説明する時、相手が何を知りたいと思ってるかを考えたことはあるか?」

「相手が知りたいこと…?」

「そうだ。プログラムの仕組みを話すのも大事だけど、相手がそれをどう使うのか、どんな結果を期待してるのかを考えると、伝え方が変わるかもしれない。」

美咲は目を丸くした。

「そっか…。相手が知りたいことに合わせて話すのか。」

「そうだ。お前は理系で論理的に考えるのが得意だろ?その力を使えば、相手の立場で物事を整理して伝えることもできるはずだ。」


美咲はココアを一口飲みながら、少し考え込んだ。そして、小さく笑った。

「ありがとう、お父さん。なんか、次のグループワークで試してみたくなった。」

誠一はその笑顔に安心しながらも、自分の若い頃を思い出した。仕事でも、理屈だけでは人を動かせない場面が多々あったこと。そして、それを乗り越えるために試行錯誤した日々が蘇った。


翌週、美咲は学校で行われたグループワークで、自分なりの工夫を試してみた。プログラムの説明をする時、専門的な用語はできるだけ避け、使う場面や利便性を具体的に例を挙げて話した。結果、クラスメイトから「分かりやすかった」「それなら使ってみたい」と言われ、自信を取り戻した。

帰宅した美咲は、嬉しそうに誠一にその話を伝えた。

「お父さん、私、みんなに分かりやすいって言われたよ!アドバイス、本当にありがとう!」

誠一は笑顔で頷きながら言った。

「よかったじゃないか。お前ならできるって思ってたよ。」


その夜、妻がそっと誠一に言った。

「美咲、今日すごく嬉しそうだったわ。あなたのアドバイス、効いたみたいね。」

「俺も昔、人に伝えるのが下手だったからな。でも、それを克服してきたおかげで、今がある。美咲にもそれを伝えたかったんだ。」

誠一は遠く東京の空を見上げながら思った。コミュニケーションは理系だろうが文系だろうが、人生の大きな武器になる。美咲がその一歩を踏み出したことで、彼女の未来がさらに広がっていくのを感じた。

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