冬の新潟、冷たい風が吹く中で田中家のリビングは暖かかった。しかし、その日、いつもと少し違う静けさがあった。家の中心的な存在である妻が、友人たちと一緒に一泊二日の温泉旅行に出かけていたのだ。
「じゃあ、行ってくるわね。留守中よろしくね。」
笑顔で出かけた妻の後ろ姿を見送りながら、誠一は少しの寂しさとともに、新鮮な感覚も抱いていた。
「さて、今日はどうするかな。」
リビングに戻ると、高校生の美咲はノートパソコンに向かい、そして中学生の亮太はソファでスマホゲームに夢中だった。
妻のいない夜
「今日の夕飯、何にしようか。」
誠一がそう言うと、美咲は顔を上げずに言った。
「お父さんが適当に作ってよ。お母さんいないし、みんなで簡単なものでいいよね。」
亮太も「カップラーメンでもいいんじゃね?」と適当な返事をした。
「おいおい、カップラーメンじゃお母さんに怒られるぞ。よし、今日はお父さん特製の炒飯にするか。」
台所に立つ誠一をちらちらと美咲が見ていたが、しばらくして手伝い始めた。
「お父さん、それ炒飯じゃなくて半分焼きそばになってるんだけど。」
「まあ、細かいことは気にするな。男の料理っていうのはこういうものなんだ。」
夕食後、家族三人はリビングに集まったが、いつものような賑やかな会話はなかった。美咲はパソコン、亮太はゲーム、誠一は新聞。何か物足りない静けさが家を包んでいた。
「なんか、静かだな。」誠一が呟く。
「お母さんがいないからでしょ。」美咲がさらりと言う。
「いや、いなくてもいつも通りじゃん。」亮太はそう言ったが、その言葉には少し違和感があった。
「そうか?お母さんがいないと、家全体が静かに感じるな。なんだか不思議だよな。」
家族の気づき
翌朝、誠一はいつものように朝食を準備しようとしたが、冷蔵庫の中を見て立ち尽くした。野菜の切り置きもないし、冷凍ご飯もない。
「こういうのって、お母さんがちゃんと用意してくれてたんだよな。」
「そうだよね。」美咲がトーストを焼きながら同意する。
「お母さんってさ、文句言いながらも全部やってくれてたんだな。」亮太がぽつりと言った。
普段当たり前だと思っていた妻の存在が、家の中でどれだけ大きいのかを、家族全員が改めて実感していた。
帰宅後の温もり
夕方、妻が帰宅すると、家の中はいつもの活気を取り戻した。
「ただいま!疲れたけど、すごく楽しかったわ!」
玄関で笑顔の妻を迎えた家族は、どこかほっとした表情をしていた。
「おかえり。お前がいないと、家が静かすぎて物足りなかったよ。」
誠一がそう言うと、妻は驚いた顔をした。
「あなたがそんなこと言うなんて珍しいわね。」
美咲が少し照れくさそうに言った。
「お母さん、次はもっといっぱい旅行行っていいよ。その分、お父さんと亮太と協力してがんばるから。」
「うん。でも、私が帰ってくるの待っててくれる家族がいるから、やっぱり嬉しいかな。」
その夜、家族4人が揃ってこたつに入ると、自然と話題が途切れなくなった。家族の中心にいる妻の存在が、いかに家の雰囲気を作っているかを全員が感じていた。
当たり前の日常に感謝する時間。それは、妻の一人旅がもたらした、大切な気づきだった。
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