長年の習慣に変化の兆し
伊東和夫、55歳。自動車部品メーカーの技術職で定年まであと数年という立場だ。妻の和歌子と共に埼玉県の小さな一戸建てで暮らしている。二人の息子は独立し、家には夫婦だけの時間が流れていた。
結婚して30年以上、和歌子は毎日手料理を振る舞い、和夫もそれを当然のように受け入れてきた。だが、最近、和歌子が夕食の準備を億劫そうにしているのに気づいた。和夫は問いかけた。
「疲れてるんじゃないか? 何か手伝おうか?」
和歌子は微笑んで首を振る。
「ありがとう。でも大丈夫よ。ただ、たまには簡単に済ませてもいいかなって思うだけ。」
その日、和夫はスーパーで見かけた惣菜コーナーを思い出した。
初めての惣菜購入
翌日の仕事帰り、和夫は思い切ってスーパーに立ち寄り、出来合いの惣菜を買って帰った。揚げ物、煮物、サラダといった品々がきれいにパック詰めされて並んでいる。これまで惣菜を買うなんて考えたこともなかったが、今日の和歌子の負担を少しでも軽くしたいと思った。
「これで夕飯にしよう。」
帰宅後、和夫は和歌子に袋を渡した。彼女は少し驚いた表情を浮かべながらも、笑顔で応じた。
「たまにはこういうのもいいわね。」
惣菜がもたらす新たな発見
テーブルに並べられた惣菜は、予想以上に彩りが豊かで美味しそうだった。和夫は、初めて食べる味わいに感心した。
「これはなかなかいけるな。どれも丁寧に作られてる。」
和歌子も頷きながら言う。
「手料理と違うけど、こういうバリエーションもたまには新鮮でいいわね。」
二人は惣菜を口に運びながら、息子たちの話や仕事の近況について語り合った。久しぶりに和やかな時間が流れ、惣菜を囲む食卓が新しいコミュニケーションの場になった。
惣菜と手料理の共存
その後も、和歌子の体調や予定に合わせて、惣菜を取り入れることが増えた。もちろん手料理が主役であることに変わりはないが、惣菜が選択肢に加わったことで、夫婦の生活に余裕が生まれた。
ある日、和夫が言った。
「惣菜って、意外と奥が深いんだな。たまには、これを楽しみにするのも悪くない。」
和歌子は頷きながら笑う。
「そうね。これからも無理なくやっていきましょう。」
出来合いの惣菜がもたらす夫婦の幸せ
惣菜は、ただの食事ではなく、夫婦の新たな楽しみとなった。忙しい日々の中で、時には出来合いの惣菜に頼ることも悪くない。それが、伊東夫妻にとって小さな幸せを感じるきっかけとなったのだ。
こうして、和夫と和歌子は変わらぬ日常に小さな変化を加えながら、穏やかな時間を紡いでいった。
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