夏休みの終わり、田中家ではちょっとした騒ぎが起きていた。妻が突然「家の断捨離をしよう」と言い出したのだ。
「この家も古くなってきたし、子どもたちも成長して物が増えすぎてるでしょ。一度すっきりさせましょう。」
妻の提案に、中学生の亮太と高校生の美咲は渋い顔をした。
「いらない物なんて、別にないけどなぁ。」亮太がブツブツ言う。
「私の物、捨てられたら困るし。」美咲もどこか不安そうだ。
東京から帰省していた誠一は、家族全員が参加するこの断捨離計画に巻き込まれる形になった。とはいえ、家族のためならと、彼は乗り気で準備を始めた。
リビングや押入れから物を引っ張り出して仕分けを始めると、次々に昔の物が出てきた。使わなくなったおもちゃ、色褪せたアルバム、古い洋服。そんな中、美咲が大きな箱を持ってきた。
「お父さん、これって何?」
箱の中には誠一が東京へ単身赴任する前に使っていた古いノートパソコンや書類、そしていくつかの手帳が入っていた。美咲が興味津々で中を漁っていると、一冊の手帳が目に留まった。
「これ、お父さんが昔書いてたやつ?」
誠一はそれを見ると、懐かしそうに微笑んだ。
「それは、俺が亮太くらいの年齢の頃につけてた日記だよ。」
美咲がページをめくると、誠一が学生時代に将棋部で頑張っていた様子や、家族との旅行、そして初めてプログラミングに触れた感動が記されていた。
「お父さん、これすごいじゃん!こんなの書いてたなんて知らなかった。」
「懐かしいな。あの頃は、何をやっても新鮮で楽しかった。失敗も多かったけど、その分、成長できたんだ。」
亮太が日記を覗き込み、「将棋のことばっかり書いてるなぁ」と笑う。美咲も「お父さんにもこんな若い頃があったんだ」と興味深げだった。
さらに断捨離を進めていると、妻がリビングの奥から古いビデオテープを見つけた。
「これ、何かしら?」
誠一がテープのラベルを見ると、そこには「美咲の七五三」「亮太の運動会」と書かれていた。
「おぉ、懐かしいな。これ、まだ見られるかな?」
古いビデオデッキを押入れから引っ張り出し、家族全員でテープを再生してみた。画質は粗いものの、小さな美咲が着物を着て笑っている姿や、亮太がリレーで転びながらも最後まで走り切った映像が映し出される。
「これ、残しておかないとダメだな。」誠一が言うと、妻もうなずいた。
「物を減らすのも大事だけど、こういう思い出は捨てられないね。」
断捨離の最中、誠一はふと気づいた。家族が増えて、成長していく中で、物がただ増えたのではなく、一つ一つに大切な記憶が宿っているということだ。
古いノートパソコンを見て、美咲が言った。
「これ、私がもらってもいい?ちょっと分解してみたいな。」
「いいぞ。それも勉強になるだろう。」
そして亮太は、誠一が昔使っていた将棋盤を手に取り、「これ、俺も使おうかな」とつぶやいた。
断捨離が終わる頃には、家の中は見違えるほどすっきりしていた。しかし、必要なものや大切な思い出はしっかりと残されていた。
その夜、家族全員でこたつを囲みながら誠一が言った。
「断捨離っていうのは、ただ物を捨てることじゃない。何が大切で、何を残していくのかを考えることなんだな。」
美咲がうなずいて言った。
「私もそう思った。お父さんの日記とかビデオとか、すごく大事な宝物だよね。」
亮太も静かに言葉を重ねた。
「将棋盤、俺が次の世代まで使うよ。」
家族の笑顔がリビングに広がり、断捨離を通じて改めて家族の絆が深まったのを感じた。
物を整理しながら、家族の思い出を紡ぐ。それは家族にとって、何よりも大切な「残すべきもの」だった。
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