挫折の向こう側

田中家

秋が深まる中、新潟の田中家に少し重い空気が漂っていた。中学生の息子、亮太が学校のサッカー部で試合に出られなくなり、落ち込んでいるのだ。これまで主力選手として活躍していた彼が、最近の試合で思うような結果を出せず、とうとうスタメンから外されてしまった。

リビングのソファで無言でスマートフォンをいじる亮太に、東京から帰省してきた誠一はそっと声をかけた。

「どうした?元気ないな。」

「別に…。」亮太は目を逸らしながらつぶやいた。


その夜、誠一は妻から事情を聞いた。

「最近、サッカー部でうまくいかないみたいなの。監督にも厳しく言われてるらしくて…。家でもあんな感じで、全然話をしないのよ。」

「そうか…。」誠一は息子の気持ちを思いながらも、自分が何かできるのかを考えた。


翌日、誠一は亮太を誘って近くの河川敷に行った。そこには簡易的なサッカーゴールがあり、昔から親子で一緒にボールを蹴っていた場所だ。

「ちょっと付き合えよ。俺も久しぶりに身体を動かしたいんだ。」誠一がボールを蹴りながら言うと、亮太はしぶしぶ立ち上がった。

最初は適当にボールを蹴り合っていたが、亮太が不意にポツリと口を開いた。

「…俺、もうダメかもしれない。」

「どうしてそう思うんだ?」誠一はボールを止め、真剣な目で息子を見た。

「試合で全然活躍できないし、監督にも『やる気が足りない』って言われた。周りのみんなも俺より上手い奴ばっかりだし…。」

その言葉には、自信を失った亮太の苦しさがにじみ出ていた。


誠一は一瞬考え込んだ後、静かに言った。

「亮太、将棋でな、『負け将棋』って言葉があるのを知ってるか?」

「負け将棋…?」

「負けそうな局面でも、あきらめずに次の一手を探し続けることを言うんだ。そこで勝つか負けるかじゃなく、どう戦い抜くかが大事なんだよ。」

亮太はじっと父親の顔を見つめた。

「でも、負けたら意味ないじゃん。」

「そうかもしれない。でも、負けるたびに学ぶことがある。俺も昔、仕事で大きなミスをして、自分には向いてないんじゃないかって思ったことがある。でも、その時、ミスをどう直すかを考えたことが、今に繋がってる。」

「…俺にもそんなふうにできるかな。」

「できるさ。お前はちゃんと次の一手を考えられる子だ。サッカーでもそれを試してみたらどうだ?」


その夜、亮太は自分のサッカーシューズを磨いていた。それを見た誠一は、息子が前を向こうとしていることに安心した。


次の日から亮太は部活での練習にさらに励むようになった。試合に出られなくても、必死にトレーニングを重ね、監督やチームメイトの指摘を素直に受け入れた。誠一は東京から遠く新潟を思いながら、息子が挫折を乗り越えようとしていることを密かに応援していた。

数週間後、亮太はスタメンとして試合に出場する機会を得た。その試合で彼が放ったシュートが見事にゴールネットを揺らし、チームを勝利に導いた。

その報告を電話で聞いた誠一は、電話越しに大声で言った。

「やったな!お前はやっぱりすごいよ、亮太!」

電話の向こうで亮太が少し照れくさそうに笑う声が聞こえた。


挫折は誰にでも訪れる。それをどう受け止め、どう向き合うかが大切なのだと、誠一は改めて感じた。亮太の背中には、次の一手を探し続ける強さが確かに宿っていた。

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