冬の新潟は厳しい寒さに包まれていた。田中家のリビングでは、暖かいこたつを囲んで家族がそれぞれの時間を過ごしていたが、その日は少しピリピリした空気が漂っていた。
中学生の亮太がぶっきらぼうな態度で母親に返事をし、会話がすれ違い続けていたからだ。
「亮太、さっきお願いした宿題はもう終わったの?」
「やってるよ。」亮太はスマホをいじりながら、そっけなく答える。
「本当に?ゲームしてるだけじゃないの?」
「別にいいだろ。やるときはやるんだよ。」亮太の声は少しトゲがあった。
その態度に妻が眉をひそめ、「何その言い方?」と問い詰めると、亮太は「もううるさいな」と言って部屋に引っ込んでしまった。
誠一はそのやり取りを静かに見ていたが、妻がため息をつきながら言った。
「最近、亮太が何を考えているのか全然分からないの。ちゃんと向き合おうとしても、あんな態度ばかりだし。」
「まあ、男の子ってそんなもんだよ。」誠一は苦笑しながら言った。
「そんなもんって?どうしてあんなに反抗的なの?」
「多分、お前が一生懸命すぎるからじゃないか?」
「一生懸命がいけないの?」
「いけないわけじゃない。でも、男の子は、時々距離を置かれる方が気が楽だったりするんだよ。」
妻は不満げな顔をしたが、どこか納得できない様子だった。
翌日、誠一は部屋にこもっていた亮太のところに顔を出した。
「ちょっと散歩でもしないか?」
「寒いし、いいよ。」亮太は布団にくるまったまま言ったが、誠一が「そうか」とあっさり引き下がらず、「お前の好きな肉まんでも買いに行こうかと思ったんだが」と言うと、亮太はしぶしぶ起き上がった。
父と息子は近所のコンビニに向かいながら、冷たい空気の中を歩いた。誠一はあえて沈黙を保ち、亮太が話し出すのを待った。やがて亮太が口を開いた。
「お母さん、最近なんかうるさいんだよな。」
「そうか。でも、お前のことを心配してるんだよ。」
「分かってるけど、なんか全部口出しされると嫌になるんだよ。宿題のこととか、何食べたかとか、どうでもいいじゃんって思っちゃう。」
誠一は亮太の言葉に静かにうなずいた。
「分かるよ。でも、お母さんはお前がちゃんとやれてるか心配なんだ。もしお前が一言でも『大丈夫』とか『任せて』って言えば、もっと安心すると思うぞ。」
「それだけでいいの?」
「それだけでいいんだ。母親っていうのは、子どもの些細な一言で安心するもんだからな。」
亮太は少し考え込むような顔をして、コンビニで買った肉まんをかじった。
帰宅後、誠一は妻に小さく耳打ちした。
「亮太もちゃんとお前のことを気にしてるよ。ただ、言葉にするのが下手なだけだ。」
「そうなの?」
「ああ。でも、お前も少し力を抜いてみるといい。男の子は自由にやらせてくれた方が伸びる時もあるからな。」
妻は少し不安げだったが、翌日から亮太への声のかけ方を変えた。「宿題やったの?」ではなく、「今日は何か面白いことあった?」といった話題から入るようにした。
それに気づいた亮太は、最初は戸惑っていたが、次第に自然と会話が増え始めた。
数週間後、亮太がふと夕食の席で「お母さん、今日テスト返ってきたけど、まあまあだったよ」と自分から話し出した時、妻は驚きながらも嬉しそうに笑った。
その様子を見た誠一は静かにコーヒーを飲みながら思った。家族の間でも言葉や行動がすれ違うことはあるが、少しの歩み寄りが大きな変化を生むのだと。
母と息子の間を繋ぐ役割。それが自分の仕事だったのだと改めて感じたのだった。
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