春が深まり、新潟にも暖かな風が吹く頃、田中家ではリビングに家族が集まり、何気ない会話を楽しんでいた。その日、高校生の美咲が学校であった出来事を話し始めた。
「今日のクラス討論会、なんだかうまくいかなかったんだよね。」
「どうしたんだ?」誠一が新聞を置いて尋ねる。
「テーマが『将来の夢』だったんだけど、私が『エンジニアになりたい』って言ったら、みんなに『理系って難しそう』『すごいね』って言われて、それ以上話が広がらなくて…。なんか距離を感じちゃった。」
美咲は少し落ち込んだ様子で続けた。
「他の子の夢もいろいろあったけど、なんとなくみんな遠慮してて、正直になれない感じがあったの。」
その話を聞いていた中学生の亮太が口を挟んだ。
「僕もサッカー部でさ、目標とか聞かれるけど、チームの雰囲気でなんとなく答えちゃうことあるな。ほんとはレギュラーになりたいとか言いたいけど、周りと比べるとちょっと恥ずかしくなるんだよ。」
誠一のエピソード
それを聞いた誠一は、少し考え込んでから口を開いた。
「実はな、俺も若い頃、似たような経験があったよ。」
「え、お父さんにも?」美咲と亮太が同時に驚いた顔をする。
「うん。入社したての頃、会議で『自分がやりたいこと』を発表する場があってさ。俺は当時、仕事の効率化を進めるシステムを提案したかった。でも、周りの先輩たちの意見に圧倒されて、無難なことしか言えなかったんだ。」
「それでどうしたの?」美咲が尋ねる。
「しばらくは自分の意見を言えないままだった。でもある日、上司に『お前の考え方は独特だな。それがいいんだ』って言われてさ。自分が違うからこそ価値があるんだって気づいたんだ。」
誠一の話に、美咲は少しだけ顔を明るくした。
「違うことが悪いことじゃないんだね。」
妻の視点
その時、妻が微笑みながら言った。
「そうね。私も子育てをしていて、みんな違っていいって思うことが増えたわ。美咲と亮太だって、性格も得意なことも全然違うけど、それぞれ素敵なところがあるじゃない。」
「それに、他人と違うからこそ学べることもたくさんあるのよ。美咲がエンジニアになりたいって言ったのも、きっと誰かの刺激になってるわ。」
「そうかな…。ありがとう、お母さん。」美咲は少し照れくさそうに微笑んだ。
亮太の気づき
その後、亮太がぽつりと言った。
「僕も、自分の目標をちゃんと言えるようにしたいな。レギュラーになりたいとか、プロになりたいとか思うのに、つい周りに合わせちゃうんだよな。」
誠一が亮太の肩を軽く叩きながら言った。
「お前のその夢、十分すごいじゃないか。周りにどう思われるか気にするな。それが自分の道だと思えば、自信を持てるぞ。」
亮太は「よし!」と拳を握り、明るい表情を見せた。
家族の教え
その夜、田中家のリビングには、家族の温かい会話が続いていた。
「違うってことは、みんながそれぞれの色を持っているってことなんだよ。」誠一が言うと、美咲が頷きながら続けた。
「だからこそ、みんなで協力すると面白いものが作れるんだね。」
妻は優しく微笑みながら、「その通りよ。だから、みんな違ってみんないいの。」と付け加えた。
美咲も亮太も、それぞれの道を進む中で、人と違うことに戸惑う時もあるだろう。しかし、この日家族と話したことが、彼らにとって大切な指針となった。
「十人十色」という言葉の意味。それは、違うからこそ価値があり、違うからこそ補い合えるのだということ。田中家の絆は、また一つ深まったのだった。
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