春の爽やかな風が吹く日曜日、田中家では久しぶりに夫婦だけで出かける計画が立てられていた。誠一の単身赴任生活が始まって数ヶ月、東京での忙しい日々の合間を縫って、新潟に帰省するたびに子どもたちとの時間を優先してきたが、今回は妻と二人きりの時間を楽しもうと考えたのだ。
「本当に二人で出かけて大丈夫?美咲と亮太に何かあったら…。」
助手席に座る妻が少し心配そうに尋ねた。
「もう高校生と中学生だぞ。たまには二人に家を任せてみよう。きっと上手くやるさ。」
そう言いながらエンジンをかけた誠一の声には、自信と安心が滲んでいた。
車がゆっくりと走り出し、春の新潟の景色が車窓に流れ始める。車内には心地よい音楽が静かに流れ、二人だけの空間が広がっていた。
横並びだから話せること
運転席と助手席。横向きに並んで座るこの配置は、二人にとって特別な安心感をもたらしていた。向き合わず、同じ景色を眺めながら話すことで、言葉が自然と出てくる。
「こうやって二人で並んでいると、何でも話せる気がするわ。」
妻がふとつぶやく。
「確かにな。車の中って、誰にも邪魔されないし、誰にも聞かれない安心感があるよな。」
誠一がそう答えると、妻は頷いた。
「最近、家ではどうしても子どもたちが中心になって、二人だけの話をすることが少なくなってたから、こういう時間は貴重ね。」
「だろう?この車の中は、俺たちだけの特別な空間だ。」
近況を語り合う
「東京での生活はどう?ちゃんとご飯食べてる?」
妻が尋ねると、誠一は少し照れくさそうに笑った。
「まあ、カップ麺とコンビニ弁当のローテーションだよ。けど、この前、野菜炒めと味噌汁を作った。塩加減が難しくてな。」
「それでも作ろうとしてるのは偉いわ。でも健康には気をつけてね。私が送ったレシピ、使ってる?」
妻の声には優しさと少しの心配が混じっていた。
「送られてきたレシピな。あれ、意外と手間がかかるんだよ。でも、少しずつ挑戦してみるさ。」
一方、誠一からも質問が飛ぶ。
「そっちはどうだ?美咲と亮太はちゃんとやってるか?」
「美咲は受験勉強に集中してるけど、たまに台所に来て料理を手伝ってくれるの。亮太もリハビリが順調みたいで、『もう少しで完全復帰だ』って元気に言ってたわ。」
思い出話に花が咲く
山間の緑が広がる頃、会話は自然と過去の思い出へと移った。
「覚えてるか?家族でこの道を通ったとき、子どもたちが後部座席でお菓子を奪い合ってたこと。」
誠一が懐かしそうに言うと、妻も笑いながら答えた。
「ええ、あのとき亮太が泣き出して、美咲まで泣き出して…。結局、途中で停車して全員でお菓子を分け合ったのよね。」
「そうだったな。それが今じゃ、二人とも自分の将来について真剣に考えるようになったんだから、大したもんだよ。」
夫婦は過去の記憶を語り合いながら、その成長をしみじみと感じていた。
未来を語る
会話は自然とこれからのことへと移っていった。
「美咲が大学に進学して、亮太も高校生になったら、私たちの役目も少し変わってくるだろうな。」
誠一がそう呟くと、妻は静かに頷いた。
「そうね。寂しくなるかもしれないけど、その分、私たちも新しい楽しみを見つけられるかもしれないわ。」
「新しい楽しみか…。何か考えてるのか?」
「旅行とかどう?昔から行きたかった温泉巡りとか。」
「それはいいな。俺も行きたい場所がいくつかあるし、子どもたちが独立したら、夫婦でゆっくり計画を立てるのも楽しそうだ。」
二人は未来の話に夢を膨らませ、自然と笑顔がこぼれた。
会話が絆を深める
目的地に近づく頃、車内にはこれまで以上に温かい雰囲気が広がっていた。
「やっぱり、こうやって二人だけで話す時間って大事だな。」
誠一が静かに言う。
「ええ、車の中だと余計な気遣いもいらないし、リラックスして話せるものね。」
「またこういう時間を作ろう。これからも、お前と一緒にいろんな景色を見に行きたいから。」
その言葉に、妻は優しく微笑んだ。
新しい出発
目的地に到着し、二人は並んで車を降りた。目の前には広がる青い空と海。そして、その場の静けさが二人を包み込んだ。
「こういう時間をこれからも大切にしたいわね。」
妻がそっと言うと、誠一は力強く頷いた。
「これからも一緒にいろんな場所を見に行こう。どんな景色でも、お前と一緒なら特別なものになる。」
夫婦でのドライブ。それは横並びに座り、同じ景色を見ながら語り合える特別な時間だった。他人に聞かれる心配もなく、向き合わずとも心が通じ合う安心感。その中で語られる言葉は、夫婦の絆をさらに強くするものだった。
コメント